沈黙 -サイレンス-

「沈黙 -サイレンス-」を観ました。

沈黙 -サイレンス- – Yahoo!映画

1.はじめに

みなさんは『神の声』を聞いた事がありますか?

わたしはありますよ。

あれは学生の頃でした。

トイレにかけ込んだわたしは、重大な事に気付くのです。

何と紙がない!

おしりが拭けない。

わたしは焦ります。

そんな時、遠くから響いてくるような声が聞こえてきました。

「・・・ここにいるよ」

声はズボンのポケットから聞こえてくるようです。

わたしはポケットに手を入れました。

そこにはティッシュが!

「助かった・・・」

これが、わたしの『紙の声』の体験です。

今回は、神の声を求める男の物語“沈黙 -サイレンス-”です。

2.あらすじ(妄想スパイス入り)

江戸幕府によるキリシタン弾圧が激しさを増していた。

長崎で宣教師のフェレイラが捕まった。

侍「棄教しろ!」

フェレイラ「嫌だ!」

侍「これでもか?」

フェレイラ「うわあああああ!」

フェレイラが棄教したとの知らせを受けた弟子のロドリゴとガルペは、日本に潜入する。

そこで、彼らが見たものは・・・

フェラーリを走らせ夜の銀座にくり出す生臭坊主と化したフェレイラの姿だった。

3.感想

すごい。

よくこんな作品を作ったなぁ。

しかもアメリカで。

わたしは、特定の宗教を信仰しているわけではありません。

よく揶揄として言われる「結婚式は教会で、初詣は神社へ、葬式はお寺で」という人間です。

こんなわたしでもロドリゴのジレンマに息苦しくなりました。

だから、何らかの宗教を信仰している人は、どのような気持ちでこの作品を観たのでしょうね。

特にキリスト教の方たちは。

この作品の1番の見処は、何と言ってもロドリゴと奉行所との駆け引きでしょう。

日本で布教をしたいロドリゴ。

キリスト教を排除するため、ロドリゴに棄教させたい奉行所。

お互いの主張が禅問答の様に繰り広げられるのです。

その間、わたしの考えもぐるぐるとかき混ぜられました。

どちらの言い分もわかる部分がありますからね。

もちろん片っ端から切支丹を処刑する奉行所のやり方はダメです。

しかし、日本には独自に根付いた仏教があり、それを否定される様な布教にイラッとするのはわかる。

また、別の宗教が入ってきたら反乱の火種になる事もあります。

実際に宗教戦争があるわけですし。

うまく住み分けが出来れば良かったのでしょうが、まだ幕府がある時代では、それは無理だったのでしょう。

そして、ロドリゴです。

当然、宗教の自由は保証されるべきで、誰がどのような宗教を信仰しようと構いません。

だから、彼は何も間違ってはいません。

ただ、時代と場所が悪かったのです。

あと、ロドリゴで引っかかる事が。

彼の言動に傲慢さを感じるのです。

そして、キチジローを完全に軽蔑していましたよね。

確かに彼の行動は良くないけれど、彼は彼で自分の身を守るために必死だったのですよ。

キチジローは、誰しもが持っている弱さを体現したキャラクターでした。

神父ならば、こういう人こそ救わないといけないと思うのだけれど。

でも、これはロドリゴに求めすぎか。

いつ捕らわれて処刑されるかもしれない極限状況でしたし。

とにかく、ロドリゴと奉行所の戦いは緊張感が半端ではなく、息を詰めて観てしまいました。

ロドリゴの問いに神は沈黙しか返してきませんでした。

しかし、極限の状況で神から答えが返ってきたのです。

ロドリゴは棄教を決意。

その後、彼は神から離れて生活をします。

多分、ロドリゴは神から答えをもらえた事で、満足したのでしょうね。

いくら神父でも、そんな貴重な体験を出来る人なんて、あまりいないでしょうから。

そして、ラスト。

妻が亡くなったロドリゴの手に握らせた物は、モキチがくれたイチゾウの十字架でした。

これだけは捨てられなかったのでしょう。

それは、消せない信仰心だったのか。

それとも、救えなかったモキチとイチゾウへの哀悼だったのか。

それは、ロドリゴにしかわかりませんね。

何とも深い作品でした。

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