三度目の殺人

「三度目の殺人」を観ました。

三度目の殺人 – Yahoo!映画

1.はじめに

みなさんは友達を理解していますか?

あなたの知っている友達は、本当にその通りの人なのでしょうか?

実は、全然違っているかも・・・。

ほら。

なんか自信が揺らいでくるでしょう?

今回は、そんな人を理解する難しさにぶつかる男の物語“三度目の殺人”です。

2.あらすじ(妄想スパイス入り)

勝つことを第一目標に掲げる弁護士の重盛朋章。

彼は、前科がある三隅高司の弁護を渋々引き受ける。

三隅は、起訴され犯行も自供しており、ほぼ刑が確定しているような裁判だった。

その犯行とは、『たけのこの里』を買いに行かせたのに、間違って『きこりの切株』を買ってきた母親を殴ったのである。

三隅と何度も接見をする重盛。

次第に考えは変化していく。

重盛は、三隅の犯行動機への疑念を一つ一つひもといていくのだった。

「もしかして、『たけのこの里』ではなく『きのこの山』だったのではないか?」

3.感想

いやあ。

おもしろいなあ。

考えさせられました。

何と言っても三隅高司です。

のらりくらりと相手の質問をかわし、いろいろな事を言っては惑わし、何が本当の事なのかわからない。

全く真実がわからないのです。

役所広司さんすごいわ。

さて、三隅高司です。

彼は「空っぽの器」と表現されます。

そう、彼は「空っぽ」なのです。

中身がない。

よって、何者にでもなれるのです。

だから、三隅を理解しようと深入りした人は、自分の理想を投影してしまう。

深入りしてしまったのは山中咲江と重盛朋章でした。

まず山中咲江。

彼女は父親から性的暴行を受けていました。

だから、父親に幻滅をしていた。

そこに現れたのが三隅。

咲江は、空っぽの彼に理想の父親像を当てはめてしまったのです。

次に重盛朋章です。

彼は、合理主義です。

いかに法廷で勝つかを考えています。

そして、三隅の弁護をする事になります。

重盛は、勝手な三隅像を当てはめ、作り上げていくのです。

それは、重盛にとって都合の良い犯人像だったのかもしれません。

そして、最後には容疑否認まで押し通そうとしてしまうのです。

これは、逆に三隅に操られた様にも見えました。

最後の接見で、2人の顔が重なる場面があります。

あれは、重盛が三隅に取り込まれようとしていた事を表現していたのでしょう。

しかし、重盛はぎりぎりで三隅の本性に気付きます。

そして、顔はスウッと離れていくのです。

ラスト、重盛は四つ角に立っています。

彼は、弁護士という生き方に迷ってしまったのでしょうね

どの方向へ進むのでしょう。

この物語のテーマは「人を理解する事の難しさ」と言うところでしょうか。

誰が本当の事を言っているのか、何が真実なのか、ほとんどわかりません。

咲江も本当の事を言っていたのか?

うまいのは、重盛の娘の結花を最初に見せられたところですね。

彼女は、万引きが見つかり、弁護士の父を呼んで泣く演技を見せます。

この場面により、彼女がこんな立ち回りをするのなら、同じくらいの年齢の咲江も人を欺くくらいはするだろうと思わされてしまうのです。

摂津大輔もそうです。

彼は三隅に罪を認めるよう強要したのかどうかわかりません。

とにかく、この殺人事件の真実はわからないのです。

人が人を理解するって難しいですね。

しかも、それが死刑の絡む裁判ならなおさら・・・。

考えさせられました。

この映画を観た後は人間不信になります。

わたしは、周りの人をきちんと理解しているのだろうか?

怖くなっちゃいました。

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